大阪に本社を構える富士高周波工業株式会社は、2023年にMeltio Engine Robotを導入しました。
1958年の創業以来、高周波焼入れやレーザークラッディング技術を得意とする企業が、既存部品の修理やクラッディング、1m以上の大型サイズの造形に対応するMeltio Engine Robotを導入した背景には、富士高周波工業株式会社がこれまでに培ってきた技術とMeltioの3Dプリンターの低いランニングコストを掛け合わせて実現できる市場の可能性があったと言います。
Meltio Engine Robotを導入に至るまでの経緯や導入理由、さらには、導入がもたらした意外な採用の変化まで、富士高周波工業株式会社、代表取締役社長の後藤光宏さんにお話しを伺いました。
3DPC:なぜMeltio Engine Robotを導入することになったのか、背景や経緯を教えてください。
後藤社長:弊社はもともと、高周波焼入れという技術を得意としていましたが、15年ほど前にレーザー焼き入れという技術にも取り組み始めました。その後、レーザークラッディングや精密レーザークラッディングなども取り入れる流れで、3Dプリンターにも携わるようになりました。
レーザー焼き入れはレーザーを使いますが、レーザークラッディングは粉末を使ってコーティングする肉盛りのような技術です。造形のようなこともできるのですが、レーザーを使って粉末で肉盛りをする場合、粉末は歩留まりが発生してしまうという課題があったんです。その課題を解決できそうなものを偶然展示会で見つけて、購入を決めました。
3DPC:購入を決めた理由について教えてください。
後藤社長:造形サイズと効率の良さです。個人的に、 3Dプリンティング業界の課題は「手のひらサイズのものしか作れない」ことだとずっと感じていました。パウダーベッドフュージョンに代表されるように、ほとんどが手のひらサイズのもの。金属3Dプリンティング業界では手のひらサイズが主流だったところに、Meltioなら1.5mや2m規模のサイズが造形できる。「大型サイズにも対応できる3Dプリンターになるのでは」と可能性を感じました。パウダーベッドでできるのですが、値段が倍になってしまうんです。億単位のものなら、5億円くらいになってもおかしくない。
しかし、Meltioのシステムは安く大型3Dプリンティングに対応できるかつ、粉末ではなくワイヤーを使うので歩留まりも解消できる。材料の無駄がないところに魅力を感じました。材料の手に入りやすさは、ワイヤーも粉末も変わらないと思います。弊社は2021年頃から粉末を扱ってるので、苦労はあまりないです。
3DPC:Meltio Engine Robotにはどんなことを期待して購入されたのでしょうか。
後藤社長:まだほとんどない大型品の金属3Dプリンティング市場をつくりたいです。レーザークラッディングも当時日本で誰もやってないところからスタートしました。市場をつくって先駆者になれば自然と利益も生まれてくるはず。事業としてのメリットは出やすいと思います。やりたいからやってるわけではなくて、市場の可能性を感じるから。シンプルにそれに尽きます。
3DPC:どのような選定プロセスを経て、Meltio Engine Robotを選びましたか?
後藤社長:直感です。回答にならないかもしれませんが。欲しいと思ったので導入を決めました。少なくともまだ日本国内ではMeltioの3Dプリンティング市場は全然確立されてないからこそ入る余地があるはず。金属の場合、パウダーベッドでもMeltioでやっても結局仕上げ加工は必要になってしまいます。でもやっぱりDEDは速いんです。「どのみち仕上げ加工が必要なら、造形時間が速いほうが得だろう」と思いました。
手のひらサイズの金属部品なら、切削でやれば1個当たり2〜3万円でつくれます。しかし、パウダーベッドで作ると、およそ5倍から10倍程度の20〜30万円になることもあるんです。それでは、お客さんにとっては何もメリットがない。一方で、切削などの従来の作り方だと1〜2m規模の大型の金属部品は、1個作るのに100〜200万かかります。Meltioで作っても、110〜120万くらいと、さほど変わらない。倍率で1.1〜1.2倍の世界です。
手のひらサイズの部品なら10〜20倍かかるものが、大型だと1.1〜1.2倍で作ることができる。この市場にかけてみようと思いました。10〜20倍と言われたら反射的に拒絶してしまうお客さんでも、1.1〜1.2倍だったら「一度話を聞いてみよう」と思ってくれる。3Dプリンターで勝負するなら、これしかないと思いました。
3DPC:Meltio Engine Robotの購入にあたって、比較検討されていたメーカーや製品などあれば教えてください。
後藤社長:他社の同じようなタイプを検討していました。
3DPC:Meltio Engine Robot購入の決め手となったポイントを教えてください。
後藤社長:ビームがマルチビーム造形であることがMeltioに決めたポイントです。他社の場合は単一方向のレーザーです。弊社のレーザークラッディングでは、マルチレーザーを使っているので、マルチレーザーの良し悪しは十分に把握していました。造形にはマルチのほうが圧倒的に向いていると思います。
実はもう1個あって、プレステックとかフランフォーファーIWSで売ってる1つのビームを、三角のプリズムのように出して、光を何本かにわけてマルチビームのようにビームを出してくるタイプ。Meltioはファイバー1本1本で素直にマルチビームを出す一方で、フランフォーファーとプレステックは1つのビームを3個か4個に分けてマルチビームを出力する。他社製品よりも魅力的ではあるものの、弱点があって、光学系がすごく複雑なものになりやすいんです。すごくシンプルに光を分ける技術はなかなか難しくて、ロボットを動かす部分がすごく高額になってしまうんです。ロボットを動かすのは結局人間なので、ミスをしたら2000万ぐらいのヘッドが一気に無駄になってしまう怖さがあるんです。現場目線で考えた時に、この光学系がなかなかリスキーなのでやめました。Meltioの場合は、ヘッドがそこまで高額ではないこともあり、扱いやすいです。
3DPC:導入前の業務体系はどのようになっていましたか?職人さんの経験に依存する部分が大きかったのでしょうか?
後藤社長:職人の経験に依存していましたし、これからもそうだと思います。Meltioを使ったからとはいえ、完全自動化できるのかは職人の経験の問題です。金属を扱うハードルの高さは変わらない。一番厄介なことは「ひずみ」です。金属のひずみに対して、しっかりとした知識を持っていないと上手に造形できません。弊社は高周波焼き入れから、かれこれ70年近く金属を扱っています。全くの初心者が金属造形に取り組んだら、なかなか難しいかもしれないですが、「金属を扱い慣れている」弊社だからこそ、Meltioの造形にも取り組めると思ってます。金属をよく理解している人にとっては、Meltioの造形はとても使いやすい技術になるのではないでしょうか。
3DPC:生産性の向上やコスト削減など、ビジネス上の具体的なメリットは何であると考えますか?
後藤社長:お客さんが喜ぶメリットはコストと納期の2つです。「品質は良くて当たり前」の日本市場で「品質が良い」は通用しません。「世界一の品質」をうたう日本のものづくり業界において、大事なのはコストと納期。Meltioは納期に関しては確実に見込みがある。最大2mの大型部品を1つ作るにも、材料調達や切削加工を含めたら最低でも通常3ヶ月はかかります。しかし、Meltioなら3、4日〜1週間でできてしまう。ですが、お客さんの優先順位は残念ながら納期よりもコスト。だからコストを解消できないまま「納期の短さ」をアピールしてもお客さんには響かないんです。
貰った図面通りに造形しても、どうしても無駄な造形が発生してしまうことがあります。肉が抜けるのに、切削やかわ肉がついてたりする。造形や肉がつけばつくほど、重量がかさむほど、造形量が増えてコストにそのまま跳ね返ってくるのが3Dプリンティングという業界です。
だからこそ、3Dプリンティング業界に必要なことは「造形量を減らすための設計」です。そこで、トポロジー最適化のような技術が必要になってくる。その設計技術無しには通用しない業界ではないでしょうか。だから、Meltioを持っているからといって安心できるわけではない。トポロジー最適化、CAE解析、強度解析といった技術をしっかり身につけた上でのMeltioなんです。トポロジー最適化の設計技術を駆使して、「今まで100万円かかっていた部品が90万円でできて、納期1週間というオプションも付いてきます」とアピールできればお客さんにも魅力的に聞こえるはずです。
3DPC:Meltio Engine Robotを導入したことで、従来の製造方法と比べてどのような効率の向上が見られましたか?
後藤社長:DEDの粉末とDEDのワイヤーで比べた場合、歩留まりが全く違います。ワイヤーは100%材料を消化できますが、粉末は60%ぐらいしか材料を消化できず、40%は廃棄になってしまいます。そこが何よりも大きいです。
3DPC:「従業員の意識が変わった」や「成果物がムラなく品質が向上した」など、Meltio Engine Robotの導入によって副次的な効果はありましたか?
後藤社長:スキルの高い人材を採用しやすくなりました。弊社は今までどちらかというと、「熱処理屋さん」という感じで。「きつい・汚い・臭い」で知られる3Kの業界なので、就職先としての人気がないんです(笑)。
しかし、Meltioを導入したことによってそのイメージが変わり、人気が出てきたように感じています。「3Dプリンティング」の持つ「最新技術」のイメージのおかげで、今までは来なかったような人たちが面接に来てくれるようになりました。すでに、Meltioのために1人採用して、6月からもう1人入社予定です。これまでは高卒の社員が中心でしたが、大卒の人が来てくれることになってます。Meltioメンバーは学力が高くて、1人は大阪産業大学、もう1人は京都大学で、次来るのが名古屋大学。学歴が上がってきました。
3DPC:HPにMeltio Engine Robotを掲載したことによって問い合わせが増えたようなことはありましたか?
後藤社長:ホームページに掲載してまだ1〜2ヶ月ぐらいなので、問い合わせが急増したようなことはまだないですが、YouTubeに載せている弊社のMeltio専門のWebセミナーをきっかけに会社見学が増えました。実際に造形している様子も投稿しています。
3DPC:Meltio Engine Robot導入を検討している企業に対して、どのようなアドバイスや経験を共有したいですか?
後藤社長:とにかく、大きいものを作る3Dプリンティング業界を作りたいという気持ちがあるので、それを一緒にやりませんか?と言いたいです。
CAE解析とトポロジーの最適化に関しては、弊社が出資している名古屋大学発のスタートアップ企業と協力しながら進めているところです。今後は名古屋大学さんなどと協力しながら、設計技術を身につけつつ、ワイヤーDEDや粉末のDED専門のトポロジー最適化、CAE解析をできる会社を作っているところです。今年の2月の下旬に発足したばかりです。
製品のトポロジー最適化やCAE解析の依頼を企業さんから弊社が受けて、それを設計して、図面をCAMのパスデータごと販売するのが理想のビジネスモデルになるかなと思います。Meltioを買ったお客さんにそういったことを全部提供していきたいです。「パウダーベッドはできるけど、DEDではできない」とか「ワイヤーのDEDはできるけど、粉末のDEDはできない」とか、まだ企業ごとにムラがある段階だと思いますので、全てに包括的に対応できる企業は少なくとも日本にはないので、その市場を作りたいですし、ゆくゆくは日本の市場だけでなく、世界も視野に考えています。
なので、本質的にはMeltioを使って一旗あげようというわけではありません。そういったアドバイスを提供したり、経験を共有していきたいという気持ちです。新しく参加してくれる大卒の人たちとも協力しながらやっていきたいなと思います。
3DPC:Meltio Engine Robotを使ってどのような製品や部品を造形していきたいと考えていますか?
後藤社長:1.5mくらいのサイズの大型金属造形品を考えています。具体的な部品はないですが、さまざまな産業機器や部品になるのではと思います。答えがあるものに手を出しても、面白くないじゃないですか。答えがないから面白いわけで。
だけど椅子やダイニングテーブルセットは作りたいです。「3D造形でつくったもの」がコンセプトではなくて、「100年使えるダイニングセット」を目指しています。机が故障する原因はほとんどが繋ぎ目ですが、3Dプリンティングには繋ぎ目がない。だから故障しにくいんです。「孫の代まで使える100年もののダイニングセット」を100万ぐらいで売れたら一番幸せだなと思います。
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